CG産業で培われた知見は、一見すると直感的ではない。しかし、そこにはさまざまな経験と技術が蓄積されている。そうしたことに気づくためには、まず学習者自身に「何かを表現したい」と思うモチベーションが必要になる1。それなしに、CGにまつわるテクニックを学ぶことは難しい。その題材として、今回は Abstract Fashion というテーマを設定してみる。
CGにおいて主題になりやすいもののひとつは、人物を取り巻くナラティブだろう。ここでは人物、あるいはキャラクターをシーン内に配置し、そのキャラクターに対して何らかの図形を組み合わせてみる。具象的なものではなくキューブや球のようなプリミティブでもよいだろう。 人物やプロップスを一からモデリングすることは、今回は行わない。Mixamo や Poly Haven などからダウンロードして利用する。
この課題をテクニカルに捉えると、以下のようになる。
- 既存モデルのトポロジー、テクスチャなど、技術的な成り立ちの理解
- 人物を念頭にしたステージング、ライティング
- ヒューマンスケールの画角、および持ち物にフォーカスする構図の練習
ただし、もっと素朴な点にも着目できたらなおよいかもしれない。
- 人の形状は思いのほか複雑であり、同時に、ささいな肌質の不自然さなどの違和感にもよく気づく。つまり、人間を外的に評価する基準値の解像度は高い。
- 人に取り付けられるものは、人体との関係が文化的に決まっており、ある程度その様式が固定されている。
- 仮にモデルから衣服をはぎとってみたり、変形したり欠損させたりしたらどうなるだろう。気まずい空気が醸成されるだろうし、場合によっては極めて倫理的・政治的に危険な含意が含まれてしまうこと、つまり社会性という境界があるということに気づくだろう。
これらの論点はファッションを抽象化した話題だ。ファッションとは本来、流行やモードを通じて、社会集団の中で集団意識やその差異を共有し、合意させる記号的なコードでもあるだろう。こうした身体に付随する文化的あらわれを、CGによって批評的に捉えるテーマにできないだろうか。2
かっこいいプロダクトやレンダリングを実現することも、「ファッション」という文脈で理解できる。しかしここでは、それよりも、あえて既存の文化的コードや様式から逸脱してみたい。本来なら検討されないかもしれないナンセンスな素材(マテリアル)や背景設定、文脈を考えてみる。椅子のような身近なモデルのスケールを変え、人間と身の回りのフォルム、その含意をブリコラージュできないだろうか。

椅子をかぶる程度であれば、もうすでに誰かがファッションとして試していそうだな、という不思議な説得力とおさまりの良さがある。
映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』には、人が三角分割されたガラス素材のようなスーツでコーティングされる場面がある。SFとして素材や機能、製造方法などに綿密な設定が施されているが、私はまず「モデリングしやすそうだ」と思ってしまった。人の外形をいったんボリュームに変換し、それを膨らませたあとでポリゴンに戻し、粗い三角形に分割する。そしてこれは、Houdini というプロシージャルモデリングソフトで比較的簡単にできる。仮に超音波でも赤外線でも簡易的な全身スキャンさえできれば、それほど大きな労力(計算量)をかけずに実現できるのではないか。そう気づいたとき、これもまた設定されたフィクション・ラインなのかもしれないと納得してしまった。

Footnotes
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ちなみに、CG内での光源の理由づけをモチベーションと呼び、演出的な意図を込めたライティングを motivated lighting と呼ぶことがあるようだ。 ↩
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ファッションというキーワードからテーマを着想したのは、ちょうど今年(2026年)の CCBT アーティスト・フェローの募集テーマが「シビック・ファッション」であることに由来する。 https://bijutsutecho.com/magazine/series/s90/32332 ↩